社会で活躍する修士・博士・ポスドクのキャリアストーリー
科学技術の根幹となる「時間」の再定義。産総研の小林拓実氏が挑む、新しい時間標準の確立に向けた研究への道

国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)は、日本最大級の公的研究機関として産業や社会に役立つ技術の創出とその実用化や、革新的な技術シーズを事業化に繋げるための橋渡し機能を担う研究開発法人です。「エネルギー・環境」「計量標準」などの7領域(5領域・2総合センター)があり、イノベーションを巡る環境の変化やそれらを踏まえて策定された国家戦略等に基づき、ナショナルイノベーションシステムの中核・先駆的な立場で、約2300名の研究者が研究開発を行っています。
今回は産総研で光格子時計の研究に取り組む小林拓実氏に、時間標準という研究分野の意義や就職に至った経緯、研究者を目指すにあたって学生時代に身に着けるべき考え方について伺いました。

小林 拓実(Takumi Kobayashi)

国立研究開発法人産業技術総合研究所 計量標準総合センター 物理計測標準研究部門 時間標準研究グループ 研究員

学部生時代の産総研での修行が、研究職を志望するきっかけに

── 最初に、学生時代に興味のあった分野や、博士課程に進もうと考えたきっかけについて教えてください。

小林大きな分野としては物理学に興味がありました。興味を持ったきっかけは高校の時に物理が好きだったことでしょうか。高校の範囲を超えた物理の本を読むことも好きで、特に素粒子や原子核、原子など非常に小さいミクロなものの性質を記述できる量子力学という理論に興味を持ちました。普通の生活では見えないような面白い現象がたくさん起こっているというのを感じ、大学で勉強したいと思ったのが最初のモチベーションでした。

── 大学の学部で研究室を選択し、さらに大学院へ進む中で分野を特定していったと思いますが、どのように決めましたか?

小林大学院は東京大学でしたが、学部は慶応義塾大学で、分野が多少異なります。学部時代に所属した研究室で扱ったのはレーザーを使った精密分光計測です。研究室を選んだ理由は、理論だけではなく実験もやりたいということがありました。実験で扱うレーザー分光は、量子力学で記述される、原子分子という基本的な物理現象を調べられるので、面白そうだなと思って選びました。

学部の時に研究室から産総研に半年間技術研修生として派遣され、現在の仕事に近い分野に触れられたことが、今の職場に繋がる体験になったと思います。光は振動がとても速く、1秒間に約500兆回振動していますが、この振動した回数を数える技術を光周波数コム(optical frequency comb)という装置を使って産総研が研究しておりました。現在では精密レーザー分光には欠かせない技術になっているのですが、その技術を学ぶために産総研に派遣されたのです。産総研の敷地内には研修などで利用できる宿泊施設があり、週3~4回程度はこの宿泊施設に寝泊まりし、色々と教えてもらいながら装置の製作・評価を行なう、という生活を送っていました。その時から、この研究分野に進みたいと考えるようになりました。また、高校時代から興味があった素粒子原子核物理学についても勉強したいという想いがあり、両方を扱っている研究室が東京大学の研究室だったので、東京大学の大学院に進学することにしたのです。

情報のアンテナを高く持ち、周辺分野を含む様々な情報収集を

── 就職活動はいつ、どのような方針で始められましたか?

小林研究に打ち込んでいたので、就職についてはあまり深く考えていませんでした。やはり不安ではありましたが、それでも研究職に進みたいという想いを持ったのが、博士3年生くらいのときですかね。加えて、民間企業に就職して何ができるのかもよく分かりませんでした。そのため、まずポスドクで自分がやりたいことに近いことをやってみよう、という方針で就職活動を開始しました。

ただ博士論文のテーマは原子核物理学に関するもので、ポスドクの研究内容と分野は異なります。原子核以外の分野に進んだ理由の一つは、加速器の実験はとても面白いのですが、装置の規模・働く人の規模も大きくなり、かつその実験に多大なコストがかかります。例えば私の場合は、スイスのCERN(欧州原子核研究機構)で実験を行っていました。CERNの大型加速器がありますが、一つの実験に数十人が関わるような規模だったので、私がやりたかったこととは少し異なるものでした。

ポスドク以降の研究として、比較的小規模な実験室で研究できる内容を探していたところ、学部生時代に産総研でお世話になった方に受け入れていただき、ポスドクとして最初のキャリアをスタートしたという流れです。博士課程では、加速器で作った原子をレーザーで調べるという実験をしていました。先程申し上げた光周波数コムも一緒に使うような実験で、技術的には繋がりがありましたし、私の役割もCERNに行ってずっとレーザー装置を扱っていたという感じだったので、全くの素人分野という訳ではありませんでした。大学院で原子核の研究を行なっている間も、空き時間に他の分野にも目を向けていたことがプラスに働いていると思います。周辺分野も扱っていましたし、同時に産総研の研究にも目を通していました。情報のアンテナを高く持ち、様々な情報に触れていたというのが重要だと思います。

── 次にポスドク時代の生活や、就職前に思い描いていたことが出来たかについて教えてください。また、ポスドクからテニュアトラック型の採用※に応募しようと思ったきっかけは何があったのでしょうか。
  ※テニュアトラック型採用:理系博士卒を対象とした研究職の採用形態(原則任期5年)で、任期後に引き続き産総研で勤務することを希望する場合は、パーマネント型(定年制)になるための審査を受ける。

小林比較的小規模な実験室に入って、主体的に実験できたのは非常に楽しかったですし、思い描いていた通りでした。ポスドク2年目に向けて就職先を探す必要があったところ、同じ分野で公募が出ているポストがあり、すぐに応募しました。ポスドクの時はやはりかなり不安でしたね。なかなか常勤で雇ってもらえる場所は少なく、やはり早く就職しなきゃいけない、というような意識はありました。

研究に集中できる環境で、社会の基盤となる標準定義を

── 他の企業や研究機関と比べて、産総研で働くことの魅力や特徴はどのようなことがあると思いますか?

小林産総研は、基礎研究を行うだけでなく、いかに社会に貢献するかに重きを置いているように思います。大学は一般的に基礎研究を行い、新しい価値を生み出すところだと思いますが、産総研ではその価値を育てて、社会実装することを目標に研究をされている方が多いと思います。例えば、私の研究テーマである光格子時計は、非常に精度が高いことが大学の研究で実証されていますが、産総研では光格子時計を社会実装すべく、時刻供給の実現方法について研究しています。より具体的には、光格子時計の長期運転の実現のための研究開発を行っています。時計という名前がついていますので、動き続けて当然というイメージをもたれるかもしれませんが、無人で長期間動かすのは難しいです。すぐに論文にすることができず、一見地味な研究ですが、産総研はこういう研究に価値を見出し、サポートをしてくれました。また、事務のサポートが充実しており、基本的に研究に集中できる環境が整っているように思います。

── 計量標準総合センターの特徴は何でしょうか? また、計量標準という分野の将来像はどのように考えていますか?

小林非常に重要で、しっかりとした技術や知識の土台を作ることが求められる分野です。一見地味で分かりにくいですが、社会を見渡すと様々な分野に繋がり、役に立っています。例えば、私の研究テーマである時間標準に関しては、今後、光格子時計が時間の標準として扱われると、皆さんの時計を合わせるなど社会の根幹に貢献できる、という意味で非常に魅力的だと考えています。

計量標準という分野は、「標準をつくる」という性質から 、他の分野よりも基盤がしっかりしている反面、一見すると変化の少ない分野にも思えますが、定義の改訂や新しい技術の開発によって、劇的にトレンドが変化する可能性のある刺激的な分野であると考えています。例えば計量標準の分野では、2019年にキログラムの定義改訂がなされましたが、定義改定は実に約130年ぶりのことです。今までの定義より正確に測ることができる方法を何十年もかけて模索した上で、新しい定義に改定されました。キログラムの定義改定により、創薬、環境計測などで必要とされている微小質量計測にイノベーションをもたらすことが期待されています。現在、時間標準についても定義改定の議論が行われています。時間は現在、セシウム原子のマイクロ波の周波数を用いて定義されていますが、次はマイクロ波より周波数の高い光を使って1秒を再定義すると、より正確な1秒を刻むことができると考えられています。これを実現し得る有力な候補が光格子時計で、世界中で研究開発が行われています。私たちは、連続運転可能な「イッテルビウム光格子時計」の開発を行っています。試行錯誤を繰り返して技術を成熟させていった結果、「イッテルビウム光格子時計」の安定した動作を実現することができました。これにより、将来的に秒の定義も変わるかもしれない。しかし新しい定義に変わっても、もっと良い方法があるかもしれないので、またこれを研究していく、ということの繰り返しだと思います。その意味で、基本的な基盤や考え方、つまり「正確なものを用意して供給する」という部分は、恐らくずっと続くのではないかと思っています。

── 日々の研究において面白いと思う瞬間や、研究のモチベーションになっていることはありますか? また、反対に研究者としてのつらさやプレッシャーについて教えてください。

小林レーザー機器は調整してうまく稼働させるのが大変なのですが、試行錯誤の末にうまく調整できて原子からの信号が見えたとか、細かな苦労を自分なりのアイデアや工夫でクリアできた瞬間は楽しいですね。計量標準の意義や理論追及はさることながら、日々の工夫や課題解決が一番面白いと感じています。

光格子時計はいろいろな国で研究がされていて競争が激しい点がプレッシャーです。また、光格子時計は長時間稼働させるには不安定な部分があり、体力的に大変だと思います。本格的な稼働に際してはほぼ一日中、実験室に籠ることもありますし、場合によっては夜中にアラートが出て呼び起こされることもあります。

勉強と研究は異なるもの。研究に向けて自分で考え、自分なりの工夫をする訓練を

── 産総研で働きたいと思った時に必要だと思うことや、博士課程の学生に対して基礎的な能力として身に着けるべきことのアドバイスはありますか?

小林分野にもよるので、なかなか難しい話です。共通して言えるとすれば、博士論文を書くという作業は重要だと思います。博士論文は、何か成果を上げるというより、ただの通過点に過ぎません。博士課程卒業までに大体3年として、その限られた時間の中で、いかに自分で考えて博士論文まとめていくか、というのは研究者の最初の訓練としてとても重要だと思います。

── 実験系の研究室だとチームで動く場面が多いイメージがありますが、自分で切り開いて考えていく余地はあるのでしょうか?

小林特に加速器の実験は規模が大きいため、大きな研究の方向性を学生が決めることはありません。しかし私の場合だと、研究者チームの大きな実験のちょっとした合間に、博士課程用の実験を少しだけ割り振ってくれました。またデータを取得した後には膨大な量のデータを解析しなければならないのですが、解析してからの論文にするまでは裁量に任される部分が多く、自分で色々考えながらやっていました。他の分野にも当てはまるかは分かりませんが、博士論文で突出した成果を上げる必要はないと考えていて、小さいことでも自分で工夫・発想する訓練は早い段階からやった方が良いのではないかと思います。

── 最後にもし今、学生時代に戻ったら何をすると思いますか?

小林特に学部生の時は、授業や教科書に出てくることをしっかり勉強していれば研究もできると考えていて、学部から修士にかけては頑張って本を読んだりしていました。しかし、もし研究者になりたいのであれば、他の人がまだやっていないことは何かをもっと考えれば良かったと思います。過去に積み重ねられた知見をしっかり理解しようとなぞっているだけだったので、自分で発想する訓練をした方が良いと思います。そこが勉強と研究の大きな違いで、それに気づけていなかったかなと思います。

── お話を伺っていると、自分の専門分野について冷静に観察して、自分が将来どうなるのかを考えた積み重ねが、キャリア形成に活きている印象を受けました。興味深いお話、ありがとうございました。

修士・博士・ポスドクのキャリア支援サイト
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小林 拓実(Takumi Kobayashi)

国立研究開発法人産業技術総合研究所 計量標準総合センター 物理計測標準研究部門 時間標準研究グループ 研究員

2013年3月東京大学 理学系研究科 博士課程修了。理学博士。
産業技術総合研究所特別研究員、横浜国立大学特別研究員を経て、2014年4月より現職。
主な研究分野は、将来の秒の定義改定を見据えた光格子時計に関する研究。