世の中を、知能コンピューティングの技術で支援する。
株式会社知能情報システムは、コンピュータサイエンスの技術と学術分野の専門知識を用いて企業や大学、研究機関の研究支援を行う、受託型ソフトウェア開発企業です。特に、論文内容の実装やアルゴリズムの実装など、研究者ならではの知識や経験を活かした高度な研究用ソフトウェアの開発を強みとしています。
そんな知能情報システムにて、研究開発部社員として活躍する横田康平氏に、学生時代の研究や「博士の就職活動」の軸、そして株式会社 知能情報システムで働くことについて伺いました。

横田 康平(Kohei Yokota)
株式会社知能情報システム
ソフトウェアエンジニア
川魚を追いかけた大学院時代

── 大学院ではどのような研究を行ったのでしょうか?
横田修士課程(博士前期課程)では河川で渇水が生じた時の生物の個体数変動を数値解析しました。渇水が生じる場合と生じない場合の個体数の違いが、各生物のどんな特性に依存するのかを調べることが目的でした。
博士課程(博士後期課程)では鴨川 (京都市) の魚類多様性と環境要因の関係を分析しました。分析に用いたデータは「京の川の恵みを活かす会」という連携組織がモニタリング調査で蓄積してきたものです。研究を始めるにあたって私も調査に参加しました。のべ14kmの区間を対象にして、深くて流れが遅い場所、浅くて流れが速い場所、岸際の植生の中などのように場を類型化して、それぞれの場の類型ごとに各魚種の個体数を川に潜って数える調査です。河川管理で目指すべき河川環境を提案することが目的の研究です。
加えて、「京の川の恵みを活かす会」の活動を通じてカワヨシノボリというハゼ科の淡水魚の産卵場と仔稚魚生息場の環境についても研究しました。カワヨシノボリは京都の食文化を支えていた魚で、お茶漬けなどに用いられていました。鴨川では現在も漁業対象種です。京都府の水産課で、鴨川のカワヨシノボリの増殖義務を果たす方法として産卵場の造成が検討されていたため、博士論文の研究と並行してこの研究を行いました。
── 博士課程では実際に川へ行く調査もされていたのですね。
横田修士課程を修了した段階では実際の河川での調査経験がほとんどありませんでした。そのため、文献の報告内容を自分の体験に引き寄せて解釈できず、深い考察ができませんでした。個体群動態を記述する数理モデルを構築しても重要な要因を考慮できているか自信を持てなかったこともあり、研究をより深めるためには実際の河川をもっと知る必要があると考えました。
── 調査を通じて何か得られたものはありますか?
横田鴨川の現象と比較しながら他河川の文献を読むなどのように、データを具体的な経験に引き寄せて解釈ができるようになりました。いろいろな側面からデータを見る力がつきましたし、観測方法に起因するデータの偏りがないかを自然と考えるようになりました。データの特性を理解しながら分析する必要があることを、調査の経験に基づいて知ることができたのは大きな成果だと思います。
アルゴリズム開発の仕事で研究能力が活きる

── 現在の業務はどのようなものですか?
横田弊社は受託研究開発をしており、その中で現在私が関わっているプロジェクトは自動分類アルゴリズムの開発で、計測データ中に含まれる物体の種類と数をできるだけ正確に推定する、というものです。分野は大学院の研究と異なりますが、プロジェクトのマネージャーがその分野に詳しかったことや、類似の課題に対して実績のある手法が社内にあったため、問題なく対応することができました。実績のあるアルゴリズムとはいえ、単純に適用してもうまくいかないため、精度が上がらない理由を生データの分析に立ち返って探る必要があります。例えば、ヒストグラムや散布図を作成し、そのような分布になる理由の考察なども行っています。こちらの提案や考察の妥当性は、お客様にしか判断できない面もあるため、適宜報告し意見交換してアルゴリズムに反映しながら精度向上に取り組んでいます。
── 博士課程で身に着けた能力で業務の役に立ったものはありますか?
横田一つは観測方法や観測対象特有の性質を念頭に置いてデータを分析する視点です。もう一つは、研究を進める技術です。業務はお客様からの依頼に対して提案内容を検討することから始まり、期日に合わせて作業を進め、結果を得て、考察し、結論や提案を報告書にまとめてお客様に提出します。この一連の流れは、テーマを設定し、データを集めて分析し、得られた結果をもとに考察し、結論や新しい仮説などを論文で報告するという学術研究の進め方と同じです。このような学術研究で必要とされる基本的な力が役立っていると実感しています。
博士学生の就職活動は「意外となんとかなる」

── 就職活動はいつ頃から、どのように始められましたか?
横田日本学術振興会の特別研究員や海外特別研究員の申請書の提出を含めると、博士2回生の3月から就職活動を始めたことになります。本格的に就職活動を開始したのは、年度内の博士論文の提出が難しいとはっきりした8月頃です。大学などの研究機関だけでなく民間企業への就職も視野に入れていましたので、インターネットや就活支援サービスを活用して、企業研究や企業の絞り込みを始めました。
── 就職活動はどのような方針で進められましたか?
横田企業に入っても今の研究は続けたいという想いがありました。そこで、研究を続ける方法を二通り考え、それを就職活動の軸としました。一つは環境コンサルティング系の企業に就職し、業務で生物を調査して研究するという選択です。もう一つは、データサイエンス系の企業に就職して分析手法を業務で身に着け、土日や有給休暇を使って調査を行い研究するという選択です。環境コンサルティング系の企業に関しては、学会で交流のあった方から具体的な業務内容や社内での研究の位置づけを聞くことができました。データサイエンス系の企業に関しては、ウェブサイトで業務内容などを調べたほか、合同説明会で話を聞きに行きました。
── なぜ知能情報システムに入社しようと決めたのですか?
横田業務で扱う分野が多岐にわたるため様々な分野の知見が得られるという理由もありますが、専門分野の知識を深める時間を作りやすいことや会社の気風に惹かれたことが最も大きな理由です。採用面接では研究の話で盛り上がることが多かったため、知的好奇心が旺盛で、専門的なことに興味を持つ研究者気質な人が多い職場だと判断しました。入社後もその印象は変わっていません。自分の専門と違う分野でも、学問的に面白い話があれば踏み込んでくる人が多く、大学の研究室に近い雰囲気の企業だと思います。
── 就職活動を振り返ってみて、不安だったことや困ったことはありましたか?
横田博士課程の学生は就職が難しいと聞いていましたが、実際に就職活動を始めてみると、博士課程の学生をターゲットにした採用が思っていたより多く、意外と何とかなるかなと思いました。私の場合は第一志望の知能情報システムに決まったので、困ったことはありませんでした。
大学だけが研究の場ではない

── 就職活動をしている博士課程の学生にメッセージをお願いします。
横田研究したくないのに博士課程に進む人はほとんどいないと思いますが、研究に打ち込むことが大事です。企業が博士課程の学生を採用する場合、研究能力を求めていることが多いと思います。
また、将来どのようにありたいかを考えることも大切だと思います。民間企業に就職する際は、自分の興味関心と業務内容との関係、どんな働き方をしたいか、何を実現したいか、研究してきた分野と違う分野の企業に行く場合は、分野転向を決断したきっかけや意図を明確にする必要が生じます。私の場合は、どのように生きていきたいかを改めて考えることで、これらの点が明確になりました。これらの事柄が曖昧なままだと、就職への意欲が採用側から見えにくくなりますし、就職後に後悔する可能性もあります。
── お話のあった点はなかなか難しく、自分の興味関心と企業を上手く関連付けられないで苦労している学生も多くいます。そのような人に対するアドバイスはありますか?
横田自やりたいことを実現する場は必ずしも一つではありません。私の場合を例にすると、魚の研究ができるのは大学だけではく、環境コンサルティング等の関連分野で魚を扱うこともできます。直接魚を扱わない企業に入り、余暇で研究する道もあります。野生生物を扱う分野では、学術的貢献をしている在野の研究者は珍しくありません。
やりたいことが決まったら、どこで何を実現できるかを考えることも重要です。つまり、それぞれの企業でできる仕事とできない仕事を整理し、何を仕事でやり、自分の時間では何が追求できるのかを考えておくということです。
── ご自身の興味関心をしっかりと持ちながら、理論・現地調査ともに高度な知識を身に着けた専門性の高い方だという印象を受けました。興味深いお話、ありがとうございました。