企業に求められる博士人材を育成するのに必要なこととは何か。同志社大学の宿久洋教授にインタビューし、同志社大学の博士後期課程の特徴や、研究室で博士人材を育成する上で重視しているポイントなどについて伺いました。

宿久 洋(Hiroshi Yadohisa)
同志社大学 文化情報学部 教授
この記事の目次
研究室での共同研究を通じて得た経験を、将来のキャリアを決めるための「材料」に
博士後期課程の実質無償化に加え、AI・データサイエンス副専攻で専門性に幅を加えた特色あるプログラム
好奇心と前向きなマインドを持つ博士人材。プレッシャーの中でも自律的に価値を創出する経験が卒業後の糧に
研究室での共同研究を通じて得た経験を、将来のキャリアを決めるための「材料」に

── 宿久先生の研究室について教えてください。
宿久同志社大学文化情報学部では文理融合の理念に基づき、文化を対象としたさまざまな教育研究を行っています。本学部では、人間の営み全てを文化と捉えており、データサイエンスを用いて文化研究を行うことが特徴となっています。その中で私の研究室では大規模複雑データの解析手法に関する実践的研究および理論的研究に取り組んでいます。実践的研究は株価データ解析、マーケティングデータ解析、スポーツデータ解析を中心に、幅広い分野を分析対象としていることが特徴です。理論的研究としては主に多変量解析や統計的推測に関する研究を行っています。
── 研究室の卒業生はどのような道に進まれていますか?また就職活動をする中で、志望動機、つまり自分の進みたい分野を探すのに苦労する方がいますが、どのように見つけていけば良いでしょうか?
宿久卒業生は、IT、マーケティングやリサーチ系の企業に就職するケースが多いですね。大学院でさらに研究を深め、シンクタンクなどの専門職に就職する学生もいます。特に博士前期課程、博士後期課程(以下、それぞれ「前期課程」「後期課程」)修了の学生はデータ分析に関わることのできる企業を志望する傾向にあります。
就職先を選ぶ際のヒントは、過去の経験にあると思います。例えば私の研究室では、前期課程以上の学生は必ず企業との共同研究に関わるようにしています。企業のデータを扱うことや企業の方との打ち合わせを通じて、自分の興味・関心と社会や企業の接点を知ることができます。このような経験は将来の道筋を決めるための材料として使うことができるため、経験がない人に比べてより明確なイメージを持つことでキャリア選択にプラスに働いていると思います。企業と共同研究をした経験でなくとも、自分の興味や憧れは過去に原点となる経験があると思いますので、それをしっかりと把握・認識することが必要です。その上で、過去から繋がる特定の分野を軸にして掘り下げることも考えられますし、幅を広げていくために距離をとっても良いと思います。
企業との繋がりを重視する一方で、能力の面で優秀な前期課程の学生にはぜひ後期課程に進学してほしい、という想いも教員としてもちろんありますが、前期課程からそのまま後期課程に進学するのは就職に関する不安が大きいようで、敬遠されがちな現実があります。一方で、就職後に学位の必要性やより高度な研究能力の必要性を感じる方も増えてきており、そういった人は、在職のまま社会人博士として大学院に戻って来るケースもあります。就職という不安材料の払しょくだけでなく、社会人経験というプラス要素を持って研究に取り組めるので、一つのロールモデルとして良い傾向だと感じています。
博士後期課程の実質無償化に加え、AI・データサイエンス副専攻で専門性に幅を加えた特色あるプログラム

── 同志社大学文化情報学研究科では、大学院や博士後期課程に関して特色あるプログラムがありますか?
宿久同志社大学では、博士前期課程の学費を学部に比べて安価に抑えると同時に、博士後期課程の実質無償化措置として、入学時34歳未満の学生3年間学費相当額を給付する「博士後期課程若手研究者育成奨学金」という制度を設けています。学費の面では非常に優遇されている大学と言えると思います。
教育面の特色として挙げられるのは、2020年度から大学院に設置されたAI・データサイエンス副専攻プログラムです。開始初年度の2020年度は、生命医科学研究科の医工学・医情報学専攻および文化情報学研究科の文化情報学専攻に在籍する大学院生を対象として、自分の主たる研究、いわゆるメジャーの他に、副専攻たるマイナーとしてAI・データサイエンス分野のプログラムを履修できます。
文化情報学研究科の取り組みとしては、大学間で連携した共同教育の取り組みがあります。大阪大学を代表校として、滋賀大学、神戸大学、同志社大学が連携し「独り立ちデータサイエンティスト人材育成プログラム(DS4)」を実施しています。他大学の教員と共同で講座を受け持って開講しているほか、データサイエンスに係る課題解決・演習型クラス、いわゆるPBLを科目として採り入れています。ここ数年はデータサイエンス系の大学院に企業から派遣されている方が増えているので、社会人経験のない若い学生と社会人大学院生が一緒に合宿形式で演習に取り組んでいる点が特徴的です。
企業との繋がりでは、2019年6月に株式会社大和総研とデータサイエンス分野等における包括的な教育研究協定を結んでおり、学生の教育や大和総研の社員教育など相互にコミットする取り組みを活発化させています。
── 大学院における専門的な教育において、他大学や異分野との共通科目、専門以外に研究を深める副専攻(マイナー)の修得、研究を通じた企業との接点など、幅を広げるような取り組みの意義はどこにあるでしょうか?
宿久文理を融合させるような文脈は特に重要だと思います。理系の分野で技術的な発展や理論研究に集中しすぎると、社会の問題に対する切り口が不十分な場合があるため、例えば文系の哲学、異文化コミュニケーションなどで用いられるような問題への切り口・目線を採り入れていこうという取り組みです。特定の分野に集中するだけでなく、社会・企業との接点を考えて幅を広げていく視座を、大学の仕組みとして提供していきたいと考えています。特にAI・データサイエンス系の基礎知識は、機械・生物などさまざまな分野で必要とされるものという認識から、AI・データサイエンス副専攻プログラムが設置されました。アカデミアの中だけで生きていく研究者を養成するのであれば従来型の制度でも良かったのかも知れませんが、企業の中で活躍する研究者やサイエンティスト・リサーチャーという位置づけであれば、自分の専門的な研究はもちろんのこと、幅を広げることで異なる知見を導入し、柔軟性を高める必要性があると考えられます。特に近年は企業でのデータ分析ニーズから、就業にあたってこうした知識が求められるだけでなく、企業の課題や実際に使われているデータに直接的にアプローチできる共同研究やデータ提供を受ける機会が増えており、プログラムには良い環境になってきていると言えます。
基礎教育や他分野・企業との共同研究などを多く盛り込むと、学生側の負担が増えるので良い面ばかりではありません。しかし結果としては、学生は就職活動や就職後の仕事を通じてその経験の価値を再認識しているようなので、やって良かったとは考えています。また、こうした取り組みには運営側の教員にも相応の負荷がかかります。特に企業との繋がりを維持していくためには、大学側からアプローチし、企業側にメリットを提供する努力も必要です。共同研究などは金額的には企業からすると小規模なものが多いため、プレスリリースを通じたブランディングや特許の取得など、企業に対して金銭面以外でのメリットを感じてもらえないと継続性がありません。そのため、アカデミアと企業の間をつないでくれる存在は重要になってくると思います。
好奇心と前向きなマインドを持つ博士人材。プレッシャーの中でも自律的に価値を創出する経験が卒業後の糧に

── 博士前期課程と博士後期課程の違いはどこにあると思いますか?
宿久最も違うのは、自律的に研究を行うことができるかどうかです。後期課程ではマネジメント力が鍛えられます。よく言われるのは「博士号取得者は専門性が高いゆえに活躍の場が限られる」という話ですが、私の研究室では企業との繋がりを重視しているので、大学にこもって理論研究ばかり行っているのではなく、企業の業務に触れる機会があります。その中では、共同研究プロジェクトのマネジメントを後期課程の学生が行い、その中で前期課程の学生とチームを組んで進めていく形式のプロジェクトもあります。チームを運営すると、メンバーのアウトプットのばらつきや、チーム内の人間関係など、様々な問題に直面します。その中でマネジメントをした経験は、修了後に企業に就職して働く上で良い効果をもたらしてくれるはずですし、研究者としてアカデミアに残る人にとっても貴重な経験になると思います。最も重要なのは、マネジメントをした経験から自分がどこまでできるか、リーダーとして成果をまとめるために直面した課題とどう折り合いをつけていくか、といった点において自分なりの「気付き」を得ることだと思います。博士号の学位を取る研究を成し遂げるのは大変なことなので、プレッシャーの中で研究を進め、成果を出していくための忍耐力も同時に鍛えられます。その意味で、後期課程では能力的な成長に加えて、マインドの成長が非常に大きいのではないかと考えています。
── では、博士後期課程への進学を考えている学生に必要な資質は何でしょうか?
宿久能力より前向きな姿勢の方が重要だと思います。後期課程は、時間をかけながら自分の意思をもって研究を推進し、独創的な理論・考えを世に出すための訓練期間です。そのためには何よりもまず、好奇心を持っている必要があります。加えて、自律的に研究を進めていけることも重要です。将来に対する不安や、人生の中で変化の大きい時期であることもあり、感情の浮き沈みが必ずあります。その中でも上手く自分をコントロールする経験を積み、的確なアウトプットを提示できるようになってほしいと考えています。特に、後期課程に進みながらも指示されたことだけをやるような性格だと、自分独自の研究分野を切り開いていくという意味で厳しいと言わざるを得ないでしょう。自らの興味を掘り下げ、自分で判断しながら前向きに対応できれば、中には4-5年かかってしまう場合もありますが、博士号を取得して、専門知識を活かす就職先を見つけることができます。そのような想いに応え、博士課程での経験が良いものとなるように、先ほど挙げた企業との共同研究のマネジメントなどさまざまな取り組みを行いながら、学生にとって何が良いのか日々模索しています。
── 博士人材の育成に腐心される宿久先生のお気持ちが伝わってくるお話でした。本日はありがとうございました。